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グリーンベレー株式会社は運送業・家事支援サービス業・保険事業を通して地域に密着し社会に貢献することを目標としています。

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先代今昔話ARCHIVE

2008.7.28
思い出の人

 S川航空の設立に合わせた様に、航空局は貨物運賃の
昼間便料金の設定をしてくれました。
 羽田発の貨物は午前10時以降の出発便に載せる貨物が対象となりました。
 現地到着時間の関係から、沖縄だけが独自の配送網を持たざるを得なくなったので、
すぐに沖縄に乗り込み、協力会社の選定に入ると、D栄空輸の役員の方の紹介で、
当時23〜4歳で軽貨物自動車を3台所有していた「Y城 I氏」に会い
航空貨物の配送をお願いする事になりました。

 同氏は、この作業を基盤に、その他の配送業務を受注し、
名護、八重山にも支店を出し順調に会社の業績を伸ばして行きました。
 
 その後、仕事以外にも何かとお付き合い戴き、
昨年、私が慢性骨髄性白血病に成った時にも、いち早く連絡をしてきて、
骨髄移植が必要なら私にさせて欲しいと言って来ました。
 思いもかけない申し入れに喜びと共に彼の義理堅さに驚きもしましたが、
血液型の関係で誰でも良い訳ではないし、
「白血病も慢性の間はその必要は無い」と丁重にお断りをしました。

 それから2ヵ月後に彼の親族から彼の訃報が届きました。

 彼は胃癌を患っていたようです。

 惜しい友人を亡くしました。

2008.8.25
Y追い酒

 1979年頃、SK会長の強い要請で、私がS急便へ入社した年に
「A美 二郎」の「Y追い酒」が爆発的にヒットして
連日TVやラジオで、この歌を聴かない日は無いくらいでした。
 このようなヒットが生まれる裏には、S急便全社を挙げて応援した実績が有ります。
 作者であるE藤 実氏と、K会長は折りに触れて良く一緒に夕食をとっていました。

 当時、K会長から出ていた指示は、
(1)社員は退社後街へ出て飲食する時は必ず有線放送へこの歌のリクエストを入れること。
(2)当時の社長室の前に有った部屋一杯に買いおいた「Y追い酒」のレコードは
   得意先に伺う時に必ず持参してお渡しする事。
 等でありました。

 あの時に、まとめて買い入れた枚数だけでも大変なものでした。

 当時の事業所内には何処へ行っても、このレコードのポスターが
張られていた事は言うまでも有りません。
 その影響もあったとは思いますが、
歌手の実力とE藤先生の実績と合わせて、今も残る歌として記憶されています。

 H 幸夫が勝手にCMを作成し、勝手に放映し、
出演料をせびって来た話は、また後日と言うことで。。。。
                          

2008.09.08
東海道花形路線

 昭和30年代に入ると、大手路線会社は挙って東海道路線(東京-大阪)間の輸送業務に
経営の重点を置き進出を図りました。
 当時私は新しく出来たK西急送の東京支店の実質的な責任者で有った立場から、
大型運転者の確保も又重要な仕事でした。
 当時は2名乗車で3日1運行が基準とされていました。
 そんなある日友人を通じて新N本運輸東京支店の大型運転手の間に不満が発生して
退社したい意向があるとの情報を得て、同社の第3班のK谷班長に接触し、
3班の全員25名程度をK西急送東京支店に移籍させました。
 新N本の3班担当の出発当日は乗務員が1人も居なくて大阪向けの貨物は全て滞貨したそうです。
 この情報も其の侭生かして該当した得意先の確保に動いた事は言うまでも有りません。

2008.09.29
別れ際の大切さ

 S航空時代にN通航空に大きなクレームを付ける為に、
出来得る限り話の解る人物を紹介して貰おうと、T中K栄先生にお願いしました。
 先生と同県人のH氏が役人を退官する時に先生から声をかけ、
「K鉄の総裁に成らないか?」と言ったら、
H氏が「あそこは組合が強いので行きたくない、
N通の社長ならばお引き受けしたい。」
と言うので、そのポストを先生が用意したようです。
「そんな関係もあるので私から言っておくから君が行って直接話しなさい」
と、言われて後日同社へ連絡しました。
 驚くのは秘書の方が「和室と洋室と、どちらが良いか?」聞いて来た事です。
 打ち合わせ用の部屋が2種類ある事に驚くのを押し隠しながらも洋室を希望しました。
 
 話の内容は当時の航空業界の指導勢力に関するもので、
同社の事業本部長に抗議する内容でした。
 話は付かず再度お目にかかることで帰ろうとしたところ、
エレベーター迄送ってきてくれたH氏から、
「お話は良くわかりましたが、私もどちらかと言うと他人みたいなもので、
一人の幹部の血を見る訳には行きません、どうかこの点をご理解戴きたい。」 
と言われ返す言葉が有りませんでした。  
 H氏としても紹介して来たT先生と幹部候補の事業本部長と
秤にかける訳にも行かず、苦しい中の一言だったと思います。
 
 突破口の閉ざされた中、米国の航空貨物会社と提携し、
業界参入を果たせたのは、これまでの今昔話でも書いて来た通りです。

2008.11.11
マナーについて

 バスや電車等のマナーについては年代別に言い分があるようです。
 とかく自分以外の世代にクレームを付けたがる傾向にあるようです。
 気の毒なのは、お年寄りに席を譲ってあげた時に、
「私を年寄り扱いした」と叱られてしまう例もあるそうです。

 以前、友人4名と韓国へ旅行した時の話です、
たまたま着いた日が野球のオリンピック予選で
日本と台湾の試合があると聞き球場へ観戦に行く事にしました。
「地下鉄に乗ったことが無ければ是非乗って行かれたら良いですよ」
と現地ガイドに言われて、宿泊先の地下が駅になっており、
行くと駅名も番号で表示され、目的の駅もその駅は「1」番で大変判り易く、
早速来た車両に全員5名で乗り込みました。
 そのとたんに近くの座席に座っていた5名の乗客が一斉に立ち上がり
私たちに席を譲ってくれました。
 譲ってくれた人達はグループでも知人でも無く、
私達を目上と見ると即座に「あ、うん」の呼吸で立ち上がって呉れたようです。
 これには大変驚きました。 今の日本では全く考えられない事です。 
 中国で発生し、韓国に渡って完成された儒教のお国柄だと感服させられました。

2008.1125
ふぐの毒

 大阪へ始めて赴任した時に、当時の上司が有名なフグ料理屋で
歓迎の夕食会を開いてくれました。
 初めて食べる白子は、大変美味しく何回も御代わりして
食べ過ぎたせいでしょうか?帰りのTAXIの中で、大変な腹痛と
吐き気に襲われ大変難儀を経験しました。
 そんな思いをしてから数十年が過ぎ、北海道の会社を預かる事があり、
毎月1回は傘下の各事業所の監査をする事になりました。
 当初は車で移動していましたが、たまには鉄道で周ろうと考え、
部下を連れて監査に行きました。
 夜も遅くに紋別の駅で降りる事になり、
お腹も空いたので駅前の料理店に入りました。
 板前さんの話だと、夜も遅いので「フグなべしか出来ない」との事でした。
 店内を見回してもフグ調理師の免許が見当たらないのと、
過去の嫌な思い出もあり、免許所持について問い正したところ、
「オホーツクのフグには毒が無いので免許は要らない」との事、
それ以外の食べ物も無いのと空腹に負けて、やむを得ず食べてみました。
「が、」空腹を満たされ喜ぶ自分の腹の虫とは裏腹に、
気分が乗らないまま美味しいと感じる事もありませんでした。

今でも思い出すので、こうやって書いては見たものの、
オホーツク近辺ではフグの調理免許がイラナイと言うのは
未だに不思議に思います。

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